ハチ公前というベタな待ち合わせ場所だったが、簡単にミカさんを見つけることは出来た。白に近い金髪は、ボブより少し短いといえるほどの長さでも目立つ、細身の体に水色の綺麗な細かいプリーツの入ったキャミソールを着て、薄手の濃紺のカーディガンをだらっと羽織っているのが、個性派おしゃれなんて言葉が馬鹿らしいほど似合う。黒地に白の水玉の薄いスカートに、足下は艶のある木製の下駄のようなサンダルだった。鼻緒の朱が爪とお揃いで可愛い。

 こちらに気付いたようににっこりと笑う顔にはプラスチックのやっぱり朱の眼鏡がかかっていて、テディベアみたいな髪より少し濃い色で短い眉毛が描かれていた。

「お久しぶりデス」

「何時ぶり? 最近あんまり会わないよね」

「スパングルと対バン減りましたからね」

 眼鏡を触りながら、ちょっとずれたアクセントで軽く頭を下げる。お互い別の事務所入っちゃったからねえと言いながら、可愛いヒトだなあと全然違うことを考えている。スパングル嫌いじゃないんですけど、やっぱり本命盤いるんで。でも今年は対バン多いですよね、これからも、大阪、名古屋? と話しているとミカさんの横に立っていたすらりと背の高いお姉さんという雰囲気の女性が少し驚いたように目を丸くして言った。

「えー、何、彼女スミレコ?」

 バンギャの間ではよくファンを指すのに独特な言い回しを使う。スミレコは「スパングル」のファンを指す語だ。初期の歌に、菫の子、というタイトルがあったから、スミレコ、と安直な理由で付いているらしい。お姉さんは判りやすくバンドTシャツを着て、カラフルな粒の着いた不思議な毛糸で編まれた長いストールを首回りにくるくる巻いていた。素っ気ない八分丈のジーンズと同じようなデニムのキャスケットと白いTシャツと、ミカさんとお揃いの、鼻緒の色だけ目が覚めるようなアクアブルーのサンダル、多分ミカさんよりは年上なのだろう。不思議に落ち着きのあるすっと伸びた若い枝みたいな人だった。

「コチラは水乃さん、バンギャ上がりかけでしたがスパングルにハマってまたおっこちた人です」

「落っこちたは酷いなー。あ、そうか、貴方が真知さんか。ミカから話は聞いてます、新規スミレコですが、よろしくー」

 言ってにこにこ笑う。

「未だ時間ありますけど、どうします?」

「あ、今日久しぶりにアレなんですヨ。コス」

「へえ、今の?」

「当たり前デスよ。柚木コスですよ、自信作」

「じゃ、店探しながら行こうか」

 ソウデスネ。日本人なのに何故こうも片言気味なのかなあと、いつも不思議に思っているのだが。ミカさんに初めて会ったとき、彼女は昭和百年こと「モモトセ」のヴォーカルの柚木のコスプレをしていた。私の地元である大阪で、江坂のまだブーミンだったライブハウスに行くために、駅を降りて歩いていると声をかけられたのが知り合ったきっかけだ。

「スミマセン、ブーミンってドコですか?」

 その時の柚木コスは、黒い口紅を滲ませるあの密室メイクに、軍服をアレンジしたオリーブグリーンの衣装だったから、かなり町中で浮いていた。その格好で礼儀正しく、しかも少し照れたように笑いながら道を尋ねられたものだから、私は悪いと思いながらも笑ってしまった。その時彼女は同じバンドの他のメンバーのコスの友人を何人か連れていたので、その一団はまるで町中から遊離するように見えた。

 好きなバンドこそ違えど、映画や漫画の趣味はよく合ったので私達は偶に遊ぶくらいの友達になった。私とミカさんは実は一つしか違わなかったのが一番の驚きだったかも知れない、コスをしているミカさんは少し年上に思えた。メイクや服の力は凄いなあとつくづく知った。ミカさんは三重の人だったのでライブやインストが無ければ大阪に出てくることはそうそうなかったが、それでも度々は、映画など見に出てきたので、その際には私を誘ってくれていた。ミカさんは東京の学校に進学したし、ここ最近は、スパングルとモモトセはお互い別々の事務所に入り、その事務所関係の対バンが多くなったもので、地元である東京はともかく大阪ではあまり一緒にやることは無くなっていた。

 歩く道の先にロッテリアを見つけて入る。特にお腹が空いているわけではないので、ポテトと飲み物くらいしか頼まない。ミカさんはオレンジジュースを注文するだけして、トイレに行ってしまった。着替えをするのだ。

「えっと、水乃さんはしないんですか」

 さっき言われた名前を思い出しながら聞くと、彼女は何を? と不思議そうな顔をして逆に尋ねてきた。

「コスとか」

「いやあ、流石にもういい年だからねえ。派遣とはいえ社会人だから、なかなか、髪色とか」

「ヅラで良いじゃないですか」

「やるなら完コスっしょ」

 どうでも良いことを話しているといつの間にかトレイの上に飲み物や食べ物がきちんと準備されていた。それを持って水乃さんは階段を上る、私も続く。禁煙のフロアを無言で通り過ぎてしまうので、ああ、そうか煙草を吸うのか、なんて事が解る。私もミカさんも煙草は吸わない。

「コス、してたコト有るんですか」

「あるよー」

 何コスですか? と冗談混じりに尋ねると、笑わないー? と彼女自身が怠そうな笑みを浮かべて訊いた。

「大昔に、プラコス。一瞬だけだったけど」

「あー、あー。なんか納得ですわ」

 黒髪の美しい彼女は確かにそれが似合うだろうという雰囲気があった。自分の身近にはコスをしようというひとがせいぜいミカさんしか居ないので、珍しくてついつい何時ごろやっていたんですかなんてそんなことを喋っていると、ミカさんがやってきた。既に衣装を着込んでいる。緩く花柄の着物を着て、帯をだらりと結んでいた。頭にはビーズと布で作られた綺麗なコサージュが着いていた。

「うわ、コレ手作りですか」

「着物は古着ー。帯は作り帯でッス」

 楽しそうににこにこ笑う。ミカさんはとても器用な人なので大体の衣装を自分で作っている。服自体も好きらしくて、進学は東京の専門学校にあっさりと決めた。月子もジャンルこそ違えど専門学校へ行っている。私は大阪の、公立の学校になんとかすべりこんだ。大学へ行ったことを、後悔することはないけれど、自分のやりたいことをちゃんと決めて、進んだ彼女たちのことは偶に羨ましくなる。私には何もない。大学を選んだときだって、経済的に恵まれているとは言い難い家に遠慮をして、学費のことも考えながら選んだのだ。このツアーの旅費だって少ないバイト代から何とか工面した。いまでも自分が何のために勉強をしているか、よく解らない。

 机の上に化粧品を並べて、ぱたぱたとメイクを始めたミカさんを見ながら、ぼんやりとなんでみんなこんなにマジョマジョとアナスイ好きかなあなんてそんなことを考えている。手際よく、彼女はファンデーションを塗り、アイラインを引き、眉を書き直した。そうかこの金髪はコスプレのためだったんだな、と思う間もなく見慣れたバンドマンに良く似た、普段のミカさんとはかけ離れた人間が出来上がっていく。

 一時間ほど居たのだろうか、最近の曲やファンの傾向について水乃さんと話しているうちに、ミカさんは髪をいじり終え、どうかな、と訊いた。

「ばっちりですよ」

「行きマスか」

 立ち上がると下駄の足が、固い音を立てた。

 ライブハウスの前にはなんとも形容しがたい少女達が既に沢山集まっていた。説明するとすれば、黒が多いとそれくらいだ。コスプレのミカさんはその中でも随分目立っている。背筋を伸ばして歩く姿は綺麗だ。本物に負けないくらいに綺麗だ。ライブハウスのスタッフがチケット番号を叫び始める。ミカさんの番号だけが少し早く、私と水乃さんは似たり寄ったりの番号だった。

 じゃあお先に、とミカさんは下駄をカラコロと鳴らしながら列に並ぶ。私はぼんやりとしながらそれを見送った。

「スパングル優先かと思ったら違うんだねえ」

「出順じゃないですか、そのまま。ツーマンだし」

「かもねえ。あーコスたのしそうだなー。ちょっとやりたいなあ」

「出来そうですけどね、アキコス」

 スパングルは厳密にはバンドではない。打ち込みとベースをメインにやっている三ツ葉と、歌詞や歌を引き受ける晶彦のユニットだ。その時々でサポートメンバーを入れたりするものの、ちゃんとしたメンバーとして固定した人は居ないはずだった。今はギターの桜貝と言う人と、エレキバイオリンの灰原、という人がサポートで居る。

  私は良くは知らない物の、前の経歴がなかなか愉快な人らしくて、彼等にもファンが付いている。特にバイオリンの灰原さんは元々ヴィジュの人では無いらしく、なんだか色々うわさを聞く。

「アキもいいけど、灰原コスもしてみたいかも」

「えっ、髭どうするんですか」

 付ける! と言ってにやっと笑った

 並んだ列がゆるゆると動き出して、狭い階段を下りていく。

 ライブハウスの中はそれなりに混んでいて、これから未だどんどん人が来るのかと思うとすこし怠いようなそんな気分になった。壁際の床の隅に荷物を寄せながら、どの辺で見る? と水乃さんが聴くので、まんなかへん、と返しておく。私三ツ葉見たいからもう一寸上手寄るわ、と言いながらも、まあいいか、と呟いて別に移動するでもなく立っている。初めて来たがラママは随分と変則的な形のライブハウスだ。菱形めいている。ドリンクカウンタが、電飾や発光する大きなソフトクリームの看板できらきら派手に飾られているのが目を引いた。大きな柱の横に陣取って、始まったら前に行こうとそんなことを考える。舞台上は二つのバンドの雰囲気に合わせたのか、アンティークじみたレトロなものたちで飾られていた。コサージュを目印にミカさんを探すけれど見つからない。ライブハウスに入っちゃったら、やっぱり取るのかなと呟いて諦めた。そのままぽつぽつと喋っていると、ふっとSEが止んだ。左の方でわあっと歓声が上がる。無理矢理に躯をよじってみると、奥から繋がるように設けられた花道を、モモトセのメンバーがゆっくり歩いてくる。

 皆、着物をだらりと着て、一番奥をゆっくりと歩く小柄な人影だけが一際赤い、美しい色の着物を着ている。他のメンバーは紺や抹茶色なので、より目を引く。コサージュやリボンで作られた飾りはきらきらしく、目の回りにべっとりと塗られた黒を際だたせた。女の子が甲高い声で咲く、誰かが場違いに裏返った歓声を一声上げる、その必死さに思わず笑ってしまうが、別に私だって何も言えない。バンド見に、いったい幾ら払ってんのか、知りたくもない。

 早いドラムカウント、跳ねるように動く腕、マイクスタンドには真っ赤なリボンと、意味不明の言葉が書かれたビラ。白昼よりも強い照明が灯る。落下した太陽みたいだ、灼かれるなら本望。背中が熱い。誰かの体温。ぶつかって詰めて揺れて、それでも女の子の匂いがするのに笑ってしまう。

「ショウワモモトセです、有り得なかった歴史を見まショウ」

 男の人にしては少し高い、そのしゃべり方が少しミカさんと似ていると思って笑ってしまった。違う。ミカさんが似せてんだよ。

 ちょっと後ろ目でまったり見ようなんて、出来そうになかった。絶叫にも近いうたで、人間一塊りどおっと動いた。久々だったけど一曲目、知ってる歌でよかった。飛び込むべきタイミングを、私は覚えている。

 ギターの人がチェンジしてからやたら巧い、と言う噂は聞いていたけれど、そんなに前面に出るタイプでも無くて、声がよく伸びる水彩絵の具みたいに鮮やかにその上をつるつつと彩っていくのが、よく分かった。うたっているのは、さびしい感情で、スパングルと仲が良いのも、なるほど納得といったふうだった。キーボードのいる珍しいバンド編成が似合いすぎて怖いほどだ。ピアノめいた悲しい旋律がふわっと流れた後に重なる歌声は、鳥肌が立ちそうなほど綺麗だった。それを裂くように響くドラムを一瞬憎いと思うほどだが、バンギャの性で考えるよりも早く右手を掲げて前に突っ込んでいた。

 折り重なってギュウとつぶれて、目の前数メートルあるかどうかのところに投げ出された柚木の白い足に一瞬見とれて、ごめんミカさん、あんた綺麗だけどこのステージの上の人にはかなわない。光量に負けて、手を差し伸べて、それでも動かない距離を、ステージとこの下の鍋の中みたいなぐっちゃり具合の断絶を感じている。

 じゃーんって、みんな一緒に楽器鳴らして、柚木が跳ねて、そんなベタベタな終わり方をして、まだ叫び声が続くのにあの花道をとおって帰っていく、白々しい楽屋へ。

 照明が落ちて真っ暗。童謡めいたSEが何曲か流れた後、オルゴールのせつないものにかわる。スパングルだ。疲れているけど、大丈夫。早く見たい。背中をとんとんって、水乃さんが叩く。にっこり笑ってさっと消えた、上手に行ったんだろうって、そんなことを、考えている。

 舞台上には、ローディなのだろうか、何か物を置いたり、ケーブルを運んだり、そんな細かい仕事をする人達がいるが、これから何が始まるのか、熱気に負けて回らぬ頭で、それでも必死に考えているとまるで早回しのように見えた。

 また左の方から歓声が上がった、頭から黒い布を被るようにして入ってくるメンバー。照明は完全に落とされているが、なんとなく輪郭ぐらいなら分かる。暗いステージの上から響くのは、なにか硬いものが打ち付けられるような音だった。かち、かち、かち。それは時計の秒針が揺れる音にも似ていてどうにも不安を煽るようなそんな音で。圧倒的な緊張と人の群れとに縛られて、息を吐くことも、指一つ動かすことすらかなわない、そんな気がした。SEが止んだ。人の群れが、もう少しだけステージに近付きたいと衝撃に近い勢いで私の体を押す。闇がまたさらに濃度を増した気がした。

 緩やかに光の柱が現れる……。暗闇に発光するような輪郭を持って、少年、と言うには少し成長しすぎた、しかしそうとしか言いたくない人影が立っている。セーラーカラーのシャツにハーフパンツはどこまでも目に痛い白で、銀色のアイラインと唇の仄かな桜色以外の肌も爪も髪も、真っ白だった。木目の浮いたベースを抱いているのが、不思議に見える。横で水乃さんがきゃあと小さな嬌声を上げる。場内からは思いのほか太い声で呼ばれる名前や、絶叫にも近い甲高い声が響いているが、彼の佇まいは揺らがない。圧倒的な存在感で彼はそこにいた。

 光がより強くなり、だんだんとステージがそのすべてを現す。玩具箱をぶちまけたような装飾、薄汚れた人形や、古い天体望遠鏡。さっきと変わらないものもあるのに、闇の中から現れたというだけで、すべてが鮮やかに、呼吸をして見えた。アンプの上に置かれた布張りの詩集がひょいと持ち上げられ、私はもう一人のメンバーの姿をやっと捉えることができた。がらくたの中に埋もれるようにしている。黒い学生服に同じ生地で出来た半ズボン。ひざまでを被うソックスに、目深に被った学帽。ワンストラップシューズはもちろん黒、ただぐるぐる巻かれたマフラーだけが、眩暈のするような夏の空色だった。木製の旧い椅子に腰掛けて、少しだけ足を上げ、また地面に打ち付ける。その革靴の硬い踵が舞台に当たると、あの秒針に似た音がした。

 真っ白の、三ツ葉が後ろを振り返ると、機材にその手をかけるのが少しだけ見えた。押しはもう大分辛くて、早く音をくれないかとそんなことを思う。動ければ少しは、この状況を改善できる。耳慣れた音楽が聞こえる。

 ああ、私はきっと、この一瞬のためだけに生きている。

 

 ライブ後は出待ちをするというミカさんを放って先に新宿まで電車で行った。なんだか気がつけば六人ほどの大所帯になっている。水乃さんの知人がやっぱりスパングルを好きで見に来ていたらしい。いつぶり? なんてそんな話で盛り上がっている彼女達を見ると、バンギャはいつまでたってもバンギャなのだなあなんてそんなことを思った。

「三ツ葉びっくりだよ、真っしろしろだよ!」

「ねえ、あれはマジかよ、と思った」

「ずっと黒髪で通すのかと思ってましたよー」

 年齢や、住んでいる場所も特に関係なく、年下から一回りほど違う人まで皆で乾杯をして、楽しい、楽しい宴会状態。携帯電話に着信があったので、見てみると月子から電話で、皆に背を向けて電話をかけ直す。軽やかな電子音が数秒、まるでそれは永遠にも似た長さの様に感じられた。何処かで砂が流れるような、微かな音が混じっている。

「ああ、真知?」

 いつもの月子の声に、少しだけ安心する。騒がしいなかで、呼吸を巧くする方法を考える。

「着信あったから」

「うん、今日私ね、彼氏のうちに泊まっから。朝まで呑んでるんでしょ」

「ほいほい、了解。じゃ、明日」

「ライブ後に会おうねー。またメール頂戴」

「ばいばい」

 プッ、と頼りない音をたてて電話が切れる。私は携帯を畳んでポケットに突っ込む。

「真知ちゃん、だれ、彼氏ー?」

「ええっ、彼氏居るんですか真知さん!」

 さっき名前を聞いたばかりの、サボと言った。確か。きっと本名ではないんだろうけど。私より年下らしいのに妙にませたミホマツを着込んだ王子系の女の子が黒いおかっぱ、と言うにはサイドだけが長いなんとも言い難い頭をさわさわ揺らしながら訊王いてくる。

「違いますよ。泊まらしてくれてる子」

「なんだ、つまんねえ」

 横を向く水乃さんを見て、ミカさんは笑ってる。二人とももう随分酔っぱらっているみたいで、特にミカさんはさっきからけらけら笑い続けている。何時間も飲み屋に居続けると、一つの机を囲んでいても、小さなグループが幾つもできているようで、私はそのどれにも入ることが出来ず、宙ぶらりんでぼんやりとして、居た。

 話を聞いているだけでもそれなりに楽しいし、私は何にも特に思うことがなかったから別によかった、先程話していた、メンバーの髪の色やメイクが変わったね、なんてそんな話にも、綺麗だと思った、以上の感想なんか出てこなくて。

「泊まらしてくれてる子は、バンギャじゃないの?」

 ぼんやりしている私に気を使ったのか、水乃さんが首を傾げるようにして訊いてくる。

「バンギャですよ、コテオサ好きですけど」

「どのへん?」

「エンデとか」

 ああ、と納得するような顔をして、ふうん、と言った。エンデ、実は一寸好きっと訊いても居ないのに楽しそうに横でサボが言う。ミカさんはなれた様子でそうだねと言って。でも、趣味は違いそうだよね、何で仲良しなの? と、続く。

「中学の同級なんですよ」

「幼なじみなんだ」

「そんなもんですね」

 月子のと付き合いはもう七年を越える。中学校の同級生だったころから知っていて、学校ではろくろく話さなかったが、塾がたまたま同じ所に行くことになって、何となく気があった。小さな塾で、同い年の女の子が私達二人だけしか居なかったからかも知れない。今でも偶に思い出す、雪も降らない大阪の冬を、コンクリートで固められた教室へ向かう細い階段を。支度の遅い私を置いて、いつでも早めに月子は階段を下りた。固い足音がやけに明瞭に響いて、置いて行かれるかもと不安になる私は、転げ落ちそうな勢いで階段を下りる。真っ白な蝶がひらひら、ひらひらと頬を撫でていく。あの幻覚だ、と思う間もなく、最後の一段を飛び降りて、横を見ると月子が居る。口から白い息を、届かないだろうにピンク色の厚い手袋に覆われた手に吐き出している。これが蝶かと私は思う。

「遅かったね」

 イヤフォンを外しながら、彼女は笑う、耳慣れた音楽が聞こえる。

 知人のお姉さんが音楽が好きらしく、月子もその影響かいろんなバンドの曲をテープにダビングしては、ウォークマンでしょっちゅう聴いていた。

「……ちゃん? 真知ちゃん」

「あ、すみませんぼんやりしてた」

「酔った? 大丈夫?」

 大丈夫です、ちょっと寝ますね。と言って、机の上に伏せる。サボが楽しそうにけらけらと笑う声が聞こえてくる。いいな、女の子は、そんな様でも可愛いのだから。目の前にあるグラスは、半ば残った透き通る緑に、氷が溶けてまだら模様。昔こんな絵を見た。緑の酒と虚ろな女。当てはめて少しおかしくなる、さっきまで私を心配していた水乃さんは、もう横の女の子と楽しそうな笑顔。私はそっと目を閉じる。目さえ閉じれば、何もかも消えるから。

 

 

 

 

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2.ハチ公前というベタな待ち合わせ場所だったが、簡単に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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