猫町にて答えを探す。

 

　地下鉄の、人が沢山下りる駅と、二、三人しか下りない駅の途中に彼は居る。私はその寂れた駅から、終電の後を追うようにゆっくりと線路に降り立ち、歩き始めた。足元は世辞にも確かとは言えない、不揃いな石が靴のゴム底を通して違和感を与えてくる。灯りは私の持つ小さなライトのみ、それでも足早に、闇を裂いていく。何か確かな物を信じていないと、飲み込まれそうだ。この空気に。

　しばらく歩くと、コンクリートの壁が異様な雰囲気を帯びてきた、古い神殿などを思わせる文様が、地と微妙に違う何百という色で描かれている。地下鉄で通り過ぎたのでは絶対に分からないこの景色。横でがさりと音がして、振り返ってみれば人間、老人だ、跪いていた。よく目を凝らして見ると、私やその老人の他にも沢山の人が居る。何時の間に現れたのだろうか、皆黙って、一様に同じ方向を目指す。地上の人々が知らぬ町。語ろうとすれば、夢だの幻だのあの世だの、リアリティに欠けるどうしようもない言葉達で語られざるをえないだろう。町の名付け親はロマンチストだった、そこは古い小説の名を借りて猫町と、呼ばれている。

  思慮にふけっている中に、人々が行列を作っていることに気づかなかった。行列の先は、壁に開いた小さな四角い穴に通じている。どうも通気口か何かの様らしい。異様に太った者も列の中にいたが器用に穴をくぐり抜けて行く。穴の側にはまるで牢屋番のような人間が退屈そうに立っていて、人が入ってからしばらくすると合図をする。牢屋番が首を振った。私の番が来たらしい。狭い穴に無理矢理体をつっこむと、鼻先をかび臭い臭いがかすめた。私は、帰ってきたのだ。猫町に。しばらく腕や足を妙な風に動かしていると少し広い通路に出た。膝など払いながら立ち上がる、開け放されたドアーが見えた。その向こうには、猫町。

　それは妙な景色だ。一番近いのは、蜂や蟻の一種の作る巣だろう。まるで有機体を連想させるような一見しただけでは何か分からぬ様な形が茶色によって作られている。その微妙な凹凸は美しさより、嫌悪感を呼び覚ますものだった。先刻のドアーはすり鉢状の町の縁の方にあり、そこからは町の景色が一望できるのだか、ドアーを出て鉄製の白い階段をゆっくり下りて町に近づけばその茶色が泥や樹脂や汚物で在ると知れる。何時か階段は樹脂の敷かれた道になっていた。建物達は遠くから見ていると有機的なフォルムを持っている様に見えたが、それ自体は直線で作られたセオリー通りの建設物だ。ただその直線がこの猫町のなかで少しずつ歪んで曲線に見えるというだけ。

　猫町は、元はシェルターだったという、何かの実験場だとも聞く、隔離病棟であったこともあるらしい。まあ結局の所何がなんだか分からないということだ。道は人があふれていたかと思うと、時間によっては誰一人居らず。窓は全て開け放たれその何もない内側を晒していたかと思うと、急に閉まり暖かな光を中より漏らした。まあ猫町はそんなところだった。

　茶色ばかりのこの町にも、時々看板や張り紙などにぽつん、と色が付いていたりする。私の向かうところにも毒々しい赤が塗られた看板があった。字は無い、無くても通用するからだ。赤い看板と言えば猫町にここしかなく、ここと言えば赤い看板なのだ。薄い看板に集約される存在意義。

　赤い看板の下の茶色い戸を押し、中に入る。部屋中、少年少女が無言で存在していた。在る者は着衣で、裸で。またある者は座って、立って。そして全ての子供達に、縦横無尽に継ぎ目が存在していた、けれども随分美しい姿形をしていた。あどけなさの残るコケティッシュな体を持つ者。少し大人びた、皮肉げな微笑みを刻む者。伏せ目がちにした瞼を縁取る睫が、目に頬に怪しく影を落とす者。また、それだけで存在する者、そこいらに散らばった手足や生首。冷静な頭で考えれば悪夢のような風景であったろう。しかし私はそれを異様に美しいものと感じた。

　そのなかで一人、きちんと生きて動く者が居た。彼は私に背を向けゆっくり煙草を吸っている。そして煙草を口から放していった。

「何が知りたい」

　彼は、答えを全ての物事に与えるということを商売にしていた。私はそんな便利な世界ではないと分かるぐらいには馬鹿ではなかった、が、彼の出す答えをただ知りたかった。「一人、眠っている人が居るのです。その人が夢を見ているか、どんな夢を見ているか知りたいのです」

それは、もう嘘かも知れなかった。私はただ知りたい、彼の答えを。

　彼は笑って、答えた。

「其れを云うのは僕じゃないな、答えは、そのうち持っていこう」

ああまた、答えは先送りにされるのか。
そう、思った。