飛び降り自殺をした人が、地面に着くまでの間の時間を長く長く引き延ばして永遠に生きる。それは一瞬かもしれない、でも僕は確かにそれを感じた。

 彼女は退屈していた、本のような世界などあり得ないと知っていた。だけどピンクに染まった布張りに、白い繊細なレースがかかった本を取りだしては『文学はこうでなくちゃ』と呟やくような子だった。彼女はは、白が好きだった。雪を見るのが好きだった。そして彼女のみた世界は、要らないと思う色ばかりがそろっていた。好きな色の上位三色が行方不明の色鉛筆のスチールケースを抱えて。少女は何時も悲しげにしていた。

 気違いのような格好をすることもあった、彼女が大好きな白とフリルが満載の洋服を着て、いびつに変形した高いヒールのストラップシューズを履いて。その格好で人が沢山居るところに行くと、自分だけが不条理や非日常の申し子であるような気がして、とても誇らしかった、つまり彼女は絶望していただけだったのだ、世界に。

   彼女は自分の弱さを知っていた。そして自分の弱さと決別するために、行動を起こした。自分の好きな本を沢山置いてある本屋の窓から飛び降りた。その本屋は彼女が嫌いなやかましい色の住処だったけど、置いてある本は美しい白や黒で非日常のありかとしては申し分のない所だったそして彼女はゆっくり心の中でカウントダウン。10数えるまでには地面につくはずだったから。でも30を越えても、まだ墜ちていく感覚は終わらない。こわごわ目を開けると、地面がなかった。

 地面は、いつの間にか消え失せてビルの側面が続いていた。周りを見ると他のビルも彼女が知っているそれよりずっと引き延ばされて、やたら澄んだ空気のそこで、悪い冗談みたいに一点に集結されていた。

 すっと、誰かが彼女の横をすり抜けていった。

 慌てて下を見下ろすと、どうして今まで気づかなかったのか、沢山の人が落ちていた。上を見上げるとやっぱり人々。彼女はのどかにこんな事を考える『ああ、生きてるのも死んでるのもかわらないじゃない』

 いつまで落ちただろう、おなかはすかないけど、落ちているだけであまり生きているときと変わらない。

 友達もできた。落ちていく人の体をすれ違う一瞬ねらって抱きしめれば、一瞬二人の体は止まって、その後、落下スピードが同じになったら、もう大丈夫だった、思う存分おしゃべりできた。分かれたいときは逆にからだをどんと押せば相手はしゅるしゅると猛スピードで落ちていったし、いったん同じスピードになった人たちは、しばらくするとだんだんずれていって、いつの間にかずっと間があいているらしかった。

 沢山の人と喋って、彼女と似たような考え方をする人も居たから、彼女は幸せになれれた。ときどき壁に底まで何メートルみたいな事が書いてあったけど、ずっと下とかそんな書き方で、ここは底は無いみたいだからこのままずっと落ちていくのも良いなと思えた。    目の前を、猛スピードで落ちていく少年が居て。髪越しに見えたその目がやたら真っ暗で綺麗だったから、彼女は大慌てで彼の手を握った、一瞬引っ張られると思えばすぐさま静止して、二人はまたゆっくり落下し始めた。

『ねえ、名前は?』

『忘れちゃったから好きに呼んで良いよ』

『じゃあクロって呼ぶわ。私の猫に似てるの』

『じゃあ君はシロだ、真っ白のドレスを着ているから』

彼女は、クロの事をたちまち好きになった。落ちながらばさばさ揺れる黒い髪が綺麗だと思った。

『クロ、私たちもだんだんスピードが違ってきてる見たいよ』

『困ったね、じゃあシロ、手を繋ごう』

そしてまた、一瞬止まって奈落の底に。

 いつの間にかずっと時間がたっていた。

 ある時、ふと下を見たクロが、驚いた声を上げた。

『シロ、もう地面まで33と三分の一メートルしかない』

『ああ、本当。』

『いつのまにこんなとこまで来ちゃったんだろう』

彼は不思議そうに瞬きをして、その目の色が、一番最初に見たのと同じ色だったから彼女は安心して彼と手を繋いだ。

『最後にすこしでもずれていたくないから、手を繋ごう。』

二人して笑ってカウントダウン。

 あと三メートルだよ。

 あと二メートルだよ。

 あと一メートルだよ。

 

ありがとう。

 

 

                                              Kyrie

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