アカクカノジョハサク


 まるで、墨絵のような風景。色のある物と言えば、畦道に沿って咲く彼岸花くらい。空さえモノクロのマーブリングだ。そこでまた、気付く。
「これは夢だ」

 相も変わらず鳴り響くアラーム。目覚まし時計を買い換えたい。これじゃあまるで家畜と一緒だ。出来れば銀色のスプートニクみたいな曲線を持った、ベルで起こしてくれる目覚まし時計が良い。いつまであの夢を見るんだろう。解らない。故郷を出たのはいつだっけ、もう大分記憶もあやふやだ。彼女のことも忘れた、月日とはそんなものだ。
 彼女のことは忘れた。だからあれが俺の夢の中だけで繰り返されることなのか、それとも実際にあったことなのかは解らないし、確かめる術もない。

「これは夢だ」
「夢じゃないわ」
彼女の細い手首、まるで標本みたいな指先。白骨が透けて見えそう。細い茎をつかんで、花を摘む。ぽきん、そんな音しないけど、聞こえた気がした。
「私みたい」

 冷蔵庫の牛乳、パックに口つけて飲む。叱る人なんて居ない。服着替えてバイト行かなきゃ。ちらっと見た爪先、赤く塗られてた。多分だれかの悪戯。忘れたはずの思い出がゆらゆら立ち上ってくる。
 赤い花が咲く!

「私みたい」
「何処が」
ふと彼女が微笑んだ。赤い唇は、確かにその花に似て。蝶番が外れたようにその口が開く。赤い花を、ばくんと食べてしまった。
「解っているくせに」

「解ってないんだよ」
彼女のことは忘れたから。あの赤い花。死んでしまった、彼女のことは忘れたから。だから代わりを、こうして毎日。部屋の隅に目を移す。沢山の茎がある、細い指先、臑の骨、臍の影、花は集めて、冷蔵庫の中。

「ねえお願い」
「何」
白い指先と、赤い口と、黒い髪。彼女。
「私を枯らさないで」

「枯らすものか」
ついでにアイスでも食べていこうかと、開けた冷凍庫の中は真っ赤。一人暮らしにはおっきいねって言ったのは、たしか七番目の彼女だっけ。沢山の花の赤と沢山の彼女の首。
「また思い出しちゃったな」
アイスの箱に黒髪がへばりつく。彼女の首うち一つが、コロコロ転がる。見れば最初の彼女で、少し嬉しくなる。長い黒髪、ひっつかんで冷凍庫の中再びほおり込んでばたん戸を閉める。
「忘れといた方が、また見つけたとき嬉しいしねえ」
思い出しちゃったし、彼岸花も咲いたから、また新しい彼女でも見つけよう。最後の彼女は、昨日咲いたから。爪先の赤、よく見れば血で。バイトいくまえに、風呂場で流そうと思った。

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