夏に関する嫌がらせ・草案
世界の終わりが近いという。その日は徐々に近づいていた、けれど何が起こるかなんてぼくの周りの誰一人、答えられなかった。
「今年の夏が終わると同時に、世界も終わるんだって」
「そうだよ、終わっちゃうんだ」
真っ赤なペティキュア、されるがままにしていたらふと言われた。雑誌から目を離さずに返す。
B5変形の雑誌はちょうど良く手にフィットする。
「夜想が復刊するって言うのに、世界が終わっちゃうなんてさ」
ぼくはその雑誌のことを知らない。けれどB5変形なら買うかもしれない。
「何か良い夏の思い出を皆にあげたいね」
一瞬で話題を変える、その性格が好きだ。もちろんそんなこと言ったことは無い。言えば図に乗るのは分かり切ったことだ。
「朝起きたらさ、いつの間にかカセットで延々波の音が流れてるなんてどうかな。夏らしいし」
「それ、嫌がらせじゃないか」
言ってから雑誌を置いて、もっと良い案を出してやろうと思って考える。
「たとえばさ、」
「小学校に忍び込んで全部の朝顔の鉢を人知れず変化朝顔に植え替えるっていうのはどうだろう」
言い出したところ口を挟んできて、ワンブレスで言い切りやがった。
「やっぱり嫌がらせだよ」
ビオランテみたいなのがうねうね生えてきたら、子供泣くぞ。
「あの、二つに割るソーダアイスの片方を全部食べちゃう」
「趣旨違う。それこそ嫌がらせ」
「種なしスイカに種を埋め込む。でも実はスイカバーのチョコ種」
「もう何がやりたいのか解らないけど、スイカとチョコってまずいと思う。嫌がらせだよ」
「麦茶のケースでめんつゆを作り冷蔵庫に入れておく」
「母親の常套手段だよそれ、被害被るのぼくだし。身内に嫌がらせしないでよ」
「巨人グッズで身を固めて甲子園の外野に座る!」
「嫌がらせって言うか殺されそうだし、もう夏関係ないし」
「シャービック買い占め」
「あ、それぼく食べたこと無い」
変な間が空いてから、随分驚いた様子でポツリと
「嘘」
「いや、ホント」
「あんな旨いものを喰わずに死んでいくのは人生の損」
「でも食べたこと無いんだって」
「じゃあ買いに行こう。今すぐ」
そう言って、めんどくさそうに立ち上がりドアの方に歩いていく。
「行かないのか」
「ちょっと待ってよ」
ぼくも慌てて、後を追う。
世界の終わりも近いというのに、とてもとても綺麗な青空で……。
だから何となく、納得がいった。
君は何がしたいの、世界の終わりに。シャービックを食べて、これからの話をしよう。