人間の尊厳


「早く牛乳を!」
 怒鳴った男の喉元には銀色のスピーカーが光っている、さっきの美しいバリトンも、その異形の喉から発せられたに違い無い。喉だけでは無い。彼には体中のおよそ重要と見られる器官が欠けていた。手足はおろか、歯もなく目があるべき場所は空ろな黒い穴だ。彼の顔には侘びしい七つの穴が虚無を晒して居た。
 部屋はそんな彼とは対照的に煌びやかだった。ロココも比ではない。ありとあらゆる形質より威厳があり、優美だ。天井は高く、金銀や天のブルーで彩られていた。彼の座るイスも贅を凝らしたもので、柔らかく曲がる猫足は金無垢、クッションを包むのは細やかな模様を描く素晴らしいゴブラン織り。部屋の真ん中にいる執事は仕立ての良い礼服で、向き合う乳牛も素晴らしい布や貴金属、宝石などで彩られていた。
 彼は哀れな老執事を慌ただしく急き立てる。
「牛乳を!」
 執事はその両の手を交互に動かして必死に牛の乳を絞っているのだった。
 その時男の座るソファーの後ろのドアがバネ仕掛けのように勢い良く開き一人の少女が飛び出してきた。悪趣味で重厚なベルベットのフリルで飾られた荷車を押している。
「遅い!」
男が一喝する。
 少女は無関心な顔をして荷車に積まれた箱を開き、その中から一揃えの義手義足を取り出した。彼の手足の在るべきところにはめ込んでいく。その横で執事は一生懸命乳を搾るのだけどどうも巧くそのクレマチスの模様が刻まれた洋杯すら満たせない。彼の額は嫌な汗でテラテラと光っている。
 少女は今度は宝石箱のような美麗な象眼の施された金の四角い箱を取り出し、その中から摘み上げたガラス製の義眼を男に填め込み、細々とした蒔絵が施された銀の丸い箱からは入れ歯を取り出し口に押し込んでいる。ビスク製のうっすらと色付いた耳や鼻まで取り出し、その裏の突起を両の穴に面倒くさそうに差し込んでいる。男がその喉で騒ぎ立てるものだから、煩いらしく首の後ろに在るスイッチをぱちんと切ってしまった。何色ものファンデーションや紅や白粉を手際よく塗り重ね、眉をコンテで描き、付け髭や付け睫を付け鬘をかぶせハイカラーのシャツを着せてしまうと、男は見事な紳士になった。
 やっと杯を満たした執事がそれを差し出した。男は満足そうに頷いて一気に煽る。そして少女が着替えをいれた籠を軽く持ち上げ、ふらりと壁にぶつけた。

 男は驚きむせ返る。スピーカーから、真っ白い牛乳があふれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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