或る演劇部の日常
分厚い装丁の本が床で弾む。森永ココアの缶が宙を舞い、詰め込んであったスワロフスキービーズとパールビーズが綺羅星のごとく飛ぶ。枕は哀れにも大きな鉤裂きができ、羽が舞い散った。ペンキの缶は見事なまでに辺りで弾け、前衛的過ぎる絵画を描く。借り物のシャネルの口紅が弾丸のように頬をかすめた。照明の色付けのための透明なシートが大量の薄い台本とともにばさりばさりと落ちてくる。
小道具だけには恵まれていた、クロヅカ高校演劇部室崩壊の瞬間であった。
「何故こんな事になったのか、説明できる人」
私が言うと、二年現会計のアッキーが手を挙げた。彼は赤い髪が全く似合わない現役パンク少年である。
「掃除をしようと思って、ドアにひっかかっていた暗幕を力の限り引っ張ったら全てが崩壊しました」
しかし言葉遣いはパンクではないのだった。
「オッケー、良く分かった。じゃあ此処までほおって置いたのは誰だ」
私も含め、全員が手を挙げた。
「よろしい、では全員で片づけようか。ところで暗幕を引っ張ったのは」
一年現ヒラ部員の鳶ヲが手を挙げる、私は舌打ちをする。
「悪い事じゃあないんだけどさ、ちょっと考えてみてよね」
鳶ヲは、がくんと頷いた。ロボだから動きが堅いのは仕方ないのだが、もう少し何とかならなかったのかと思う、外観は人間そのものであるため非常に残念だ。滑らかな動きも可能らしいが、速度が落ちるため実用的ではないのだという。
ロボが高校まで進学できるようになったのは、今から丁度三年前の事だ。義務教育なら十年くらい前から可能だったから、今、私のクラスにいる三体のロボのことをとやかく言う気はないが、ちょっと扱いにくい気はする。
二年現副部長の岸ぽんはロボット介護士になりたいと言っていた。物好きなと思ったが、これから必要になっていくだろう。案外良い仕事かもしれない。三年元部長のハルさんは人間の医者になりたいと言っていたが、それこそ要らなくなっていく仕事だろう。
そういう仕事は大体ロボのすることだ。医療ミスが無くて安心!という触れ込みだが、所詮人間の作った物だということを忘れてはいないだろうか。それとも研究の方に行くのだろうか、白衣のハルさんを想像すると思わず顔がにやけてしまう。
アッキーが右手の鋲付黒皮のブレスで私の背をつついた、片付けなければ。
明日鳶ヲに機械油でもさしてやろうと思いながら、私は埃まみれの造花の薔薇を拾い上げた。