夢見る頃を過ぎても

 ああ、吐き気がするな。地上の風の臭いにまだ慣れちゃいない。耳元で木の葉が柔らかい音を立てる。俺は多分、最後の人間だ。取り残されてしまった。

 雲が出始めた、もうすぐ雨が降るだろう。人だった木々が、それを待ち望むようにひたむきに枝を伸ばしていた。

 

 引き籠もって、どのくらいか。流行の室内家庭菜園と大きな野菜室と大量の缶詰と本棚とパソコンとケーブルと大きな天窓と効率のいい太陽電池とセンチメンタルに啼く小鳥の入った針金細工の鳥篭の付いた家を買って、俺はそのなかで政府の言いつけ通りにぼんやり暮らすことにした。実はそれらは全て毒入りで、邪魔者は早く死ね、ということだったんだけど。別にどうでも良かった。

 今も昔も政府は回りくどいのが好きだ、一発の弾丸より完全な舞台装置。環境は良かった、案外長生き出来た。

 ネットに繋ぐのは古本屋を呼ぶときと、映画を見るときだけだった。だから外がこんな事になっているなんて知らなかった。俺だってこんな馬鹿な話信じない、でも枝に半ばめり込んでいるコーヒーカップやヘッドホンに挟まれた幹を見るとあり得ない仮説が浮かぶ。

 ある日突然人は植物になった。

 信じ難いが現実に俺が久しぶりの外界に吐き気を憶えながらひたすら歩き続けようが、見渡す限り圧倒的な緑色。希に花の紅、クリーム、紫、橙、レモンイエロー。

 

 風に乗って花の強い匂いが漂って来る、あの家を買う前、あの子が居た学校に近づいていた。堅く閉まった鉄の門を越え、割れた硝子を踏みしめ教室に入る。

 苔が床を上等の絨毯のように覆っていて、足音は消えていった。制服だったらしい、ぼろぼろの布が朽ちかけた机に張り付いていた。

 朧気な俺の記憶では此処は女学校だったはずで、少女はやっぱり花なのかとぼんやり思った。天河石の竜胆、ゲーテの野ばら、細く若い桜、菫、ヒヤシンス、彼岸花、椿……、季節までもが無視されている。花の匂いも度を超すと悪臭にしか思えない。

 本当は、花は嫌いだ。生殖器を見せびらかしながら、しどけなげに色や匂いで虫を誘う、痛々しさすら感じる。あの子は、そんなんじゃなかった。なんて残酷な仕打ちだろう。

 いくら辺りを見ても、あの子を見いだせそうになかった。諦めて柔らかな苔の上にだらりと伏すと、目の前の百合の茎に小さく光るビーズの首飾りを見つけた。見知った物だ。

「貴女、夢十夜好きだったからね」

頬が濡れた。露か涙か解らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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