三日月

 

 白菊の茎の断面は傷の様に青く、彼はその滴るような色を唇に銜えて離さない。細い花弁がゆらゆらと、彼が息をする度に動くのを少年は特に何も思わずに見ていた。

「良いことを教えてあげるから」

と、彼はそこらに散らばる紙をすっと裏返し、テーブルの上に置く。なんだかそれは便箋のようで、確かに言葉が書かれた気配も在ったのだけど、彼は躊躇なくサインペンを走らせた。

「これは、」

恋、と書いてその上の部分を指す。言葉を口にする度に揺れる白菊。

「こころ、という意味なんだよ」

少年はなんにも言えなくてただ彼の指先を見ている。肉の気配のある薄い爪のしたをぼうっと見ている。伸びた爪先の細い白は菊の花弁によく似ていた、何かが咽に引っかかっている気がして咳き込んでみる。花弁か、爪の欠片か。解らないけれど白々した。

  嗚呼、私の咽に引っかかっているのは三日月じゃないのかしら。そう少年はぼんやり考えた。いつか、そっと食べてしまった、三日月が咽の粘膜をそっと貫いて居るんだ。それは話せば彼の心にだって響くだろう良い発想で。

 今度は、戀。と書く。

「これはねえ、いとしいとしと言う心と読めるね。」

俯いてしまって、顔が見えないものだから、彼の真意が判らない。私は鈍いのだから、少年はそう考える。きちんと言って貰わなくては、困る。目の端、散らかった畳の上の封筒に気付く、屹度先刻の手紙はあの白い中に入ってやって来たのだ。

「ココロにココロを積み重ねるよりいいやり方を、確かに私達は知っていたはず、なんだけど」

ポツリ、彼は言った。

「駄目になっちゃた」

「駄目になるのは厭ですか」

「厭ではない、厭ではないのだけど」

つらいのだよ、と彼は言いかけた言葉を呑み込む。

「貴方らしくもない、感傷的になっていますね」

言って少年は手元の急須を傾けた。白湯か茶か、ぎりぎりのところで出涸らしを注ぎ、自分の方に引き寄せる。彼は煙草を胸のポケットから取り出し、マッチをする。そして流れるような動作で菊を少年の湯飲みに突っ込んだ。時代遅れだ、少年はそう思う。彼ほど、感傷的な人間は珍しいというのも解っていた。そして少年自身も多分、アンティークの部類に入るべき人間だと言うことも。彼は彼で、煙草を喫う自分の習慣に感謝をする。大人で良かったという訳だ、そんなことしか時間を潰す術を知らない。

 心に心を重ねるように時間に時間を重ねている。菊はもう揺れず薄い茶に半ば浸かって居た。

 心は、まるで三日月だ。欠けているところが多すぎて、真円だったことを忘れて久しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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