蔦絡むアパートの猫


 何時からここに居るのか解らない。少なくとも俺はあの錆びた欄干に蔦が絡んでいない頃を知っている。今は枯れた細い蔓が老人の血管のようにはりついている。また春を過ぎ夏になれば豪奢な翡翠の葉で埋まるのだろう。俺はそれを見て昔の女の事を何時も思い出す。オニキスの細い爪と、翡翠の目を持った綺麗な白猫だった。
 とにかく俺はそんな昔からここにいて、人の人生を横切ってきた。古いアパートの、屋根に無理矢理くっつけたような、共同の狭い物干しの俺の居場所。薄いトタンを透けて見える色褪せた太陽は俺のもの。俺の黒繻子の背に向き続けてもう長い。
 103号室から漂うコーヒーの匂いがこのアパートの朝の印。同棲と言うには多少不釣り合いな、若い、まだセーラー服さえ脱げない女と、冴えない男が住んでいる。たまに女は居なくて男だけになる。けれど毎朝コーヒーはいれる。そしてアルミの皿に餌を空け窓を開ける。俺のためだ。だから俺はこの二人が嫌いじゃない。
 105号室では何時も老婆の咳き込む声が聞こえる。孫や子らしい人間や、ディケアと呼ばれるバスが一週間に数回、きまって昼前に来てあれこれ世話を焼く。もう大分キちまっているからうちで引き取るなり老人ホームに入れたいのだが、意地を張って困ると昔103の男に呟いていた。ほらまた来た。薬局の袋をぶらぶらさせている。
 201号室の扉は大分日も傾いた頃にばたんと開く、痩せて細い男がだらだらと出てくる。黒い大きな楽器のケースを背負って浮かない顔だ。彼はバンドをしている。そして今のままじゃ年齢的に辛いことも知っている。好きなことをしているから、と電話で誰かと話しているのを聞いたことがある。売れなくてもしょうがないよね、でもギリギリで大丈夫だから。そう言っているのに、やはり表情は暗いのだ。
 204号室は何時もカーテンが引かれている。そして夜になると子供の叫ぶ声が聞こえる。泣く声や不穏な物音も響く。俺は何が起こっているのか知らない。ただ、朝焼けの頃、たまに窓が開く。一度、中の子供と目があったことがある。その時はたしか蔦は美しくアパートをくるんでいた。
 子供は微笑んでいた、その右目の上は赤紫に腫れていた。そして誰にも言っちゃ駄目だよ、猫さん。と俺に言った。承諾のために俺はにゃあと鳴いた。子供は自らカーテンを引いた。
 コーヒーの匂いがした。直にここは取り壊される。何も思わないが女の目のような蔦は惜しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース