080905 今からまじめな話をします。(予告)

 でも実は今日はライブに行って来て、最終的には二列目で腹痛と押しと戦いながら体力を消耗したあげく、さっきまで縫い物をしていたのでさっぱり思考が出来ません。だから無理かも。でもまあ、ここんとこいろいろ考えた話をします。

 

 今、私は大学のファッションショーの準備をしていて、それでクラスメイトと接したりする場面がそれなりにあるのですが、なんだかみんな凄く夢を見ているのです。

 私は、皆さんご存じの通り、少々不健康なココロとカラダの持ち主ですので、大きめの夢を見ていても、現実との妥協点を見つけるのがとても上手いのです。(と、いうか、ムリヤリ上手くなったのです)が、彼等彼女たちは何処までも本気で「デザイン売りに行きたい!」とか言っちゃうのです。私はそんなこと言えません、自分程度の代わりならいくらでもいるのを知っているからです。

 彼等彼女らのデザインが、つまんないモノだなんて言いません。けれどそれを作れるのが、本当に各一人一人づつだけかというと、それにほんとに、頷くことは出来ないのです。

 服飾、というのは過去の積み重ねです。服に限らず全てのものがそうです。過去をそれなりに知らずにモノを作ると言うことは、自分がぼんやりと知っている世界の捻りのない焼き回しに過ぎません。はっきりいってしまって、物を知らないな、と彼等、彼女たちに関して思うこともあります。勉強すればいいじゃない!と、言うかも知れません。が無知であることを知らなければ、何処を勉強すればいいのかも解らないでしょう。世の中はそんなに甘くないと思うよと、賞を取っても社会に出ても、とたんに認められてデザインが、言葉が、絵が売れると言うことは多分無いと思います。

 

 けれどその無知さえ力になることがあると、私は信じたいのです。

  夢を語る彼女たちは、本当にひたむきで綺麗です。上に書いた私の意見も、タダひねくれた人間の難癖に見えて来るくらい綺麗です。

 

 そしていつか彼女彼等が本当に挫折をしたときのことを考えるとドキドキします。目の前が真っ暗になって、自分のことを考えて、世界のことを知って、それでもその時まだ自分の夢を、大声で言えて、それに向かって動くことが出来るなら、それは私には出来ない、最善の道の一つになりえるかと思うのです。

 

 何でこんな事を言ったかというと、今日テレビ欄に中高生の討論番組の説明が載ってたからなんですが、それは要約すると「自分で努力してないくせに「歌手になりたい」とかいうやつムカツク」みたいな内容でした。ちなみに私は努力してます。こまめにいろんなとこに投稿してますし、稀に結果も残ります。私の知人達も努力してます。ヴォイトレに通ってた歌手になりたいこ、専門学校に言った奴、絵の模写を繰り返す人も居ました。外見は不真面目でも、話してみると大概真面目です。練習を重ねれば、技術が向上することくらい、皆知ってるし、やってました。そして私が努力している理由は、そんな人たちと、対等でありたいと願ったからです。

 口だけの子は、私も腹が立ちます。でももうそれを通り越してかわいそうな気すらしてきました。だって口だけで回りに許されちゃうんだもの。そんな子が外に出ていける訳無いから、もう目くじらたてずにほっとけばと思うのですが。

 

 本当に、私達が私達の世界を冷静に知ることができる日が来るんでしょうか。

 それはもしかしたら、私の世代の話ではないのかも知れないけど、それでもそんな日が来るなら、それまで生きていたいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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