私たちは笑い合いながら、商店街を歩いていた。それはとても珍しいことだった。人一倍笑うことに過敏で松本人志を尊敬している彼女と、そこまでではないけれど中島らもを敬愛している僕とが意味もなく笑っている。
きっかけは唯前を歩く学校の教師を追い抜こうと言うだけだったのだが。すれ違う瞬間私が下を向いて少し吹き出して、そしてすぐさまそれは彼女に伝染した。私たちは笑い続ける、歩く速度は一定に。
「たまには、こんな風に笑うのも良いな」
どちらともなく、そんなことを言った。
教師の反応が知りたかったが、露骨に振り返るのもいけない気がしたので笑いながらずんずん二人で歩く。
「屹度若いって良いナァとか、そんなことを思ってるんやろな」
「ああ、私もそう思った」
「でも、多分十年後同じ状況に陥っても笑うよな。若いとか関係ないやん」
「笑うね、そして同じ事を言うやろうね」
「その十年後もまた同じ事をやるんやろうな」
日が沈んでもう辺りは暗いけれど商店街のアーケードの中は皓々と明るかった。買い物をする主婦や、もうそう言いがたい老婆や、子供や地元の中学生やそのほかの沢山の人たちが通り過ぎていく。そして私たちは何故こんなに可笑しいのか良く分からないまま、やっぱり追い抜いた教師の反応が見たくて軽く打ち合わせをして私は靴紐を結ぶふりをして路上にしゃがみ込んだ。彼女は手持ちぶさたなふりをしながら後ろを振り返る。また笑いがぶり返す。追い抜かされないうちにさっと立ち上がって、また歩き出した。
「もうどっか逃避してしまおうか」
彼女がそんなことを言った。
「ロンドン行こうや。ロンドン」
異論は全くない。
私はずっと、この幸せを書きたかった。これを残しておきたかった。一度失敗したけど今気づいた。別に登場人物を無理矢理前に向かせなくても良かったのだ、何時か終わる物だと確認しなくても良かったのだ、その一瞬を唯切り取れば良かったのだ。地下鉄の階段を下りる。
「ひまわりの咲いてるところまで行こか」
「もう全部ハウスやで」
「南の島行こうや」
ひまわりの写真を、彼女に撮って貰いたかった。高い高い青空に大小二つのひまわりが咲いている、一筋の白い雲がかかっていても良いなと思った。
とりあえず、なんだか良く分からないけれど異様に幸せだった。
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